天才型の考えは、せいぜい20代30代まで!は本当かを考える。

天才型の発明発見、もしくは創作は

20代からせいぜい30代まで。

 

ショックですね。

この連休に読んだ本たちの

私なりのまとめです。

 

過去の歴史を振り返れば

確かにそうかも知れない。

 

例えば

ガロアさん

エバリスト ガロア

かの

「かの」と表現するしかない程度にしか

その功績は存じませんが

天才数学者。

ガロア理論

ガロア係数

生前誰にも理解されませんでしたが

死後それは立証されました。

 

また妙な死の方法を選んだもので

確か「決闘」だったと記憶しております。

若干二十歳。

それだけの才能を持ちながら

彼自身には、それはさほど人生において

重要なことではなかったのかも知れません。

 

凡人の私には到底

その生き様は理解できませんが。

 

そして彼があってこそのアインシュタイン。

となるのでありまして

特殊相対性理論から始まり

一般相対性理論を発表したのが

確か36歳だったと記憶しております。

 

その実生活は

これまた凡人には理解できない

奇妙なものであったとか。

 

その彼の理論を持ちまして

現状では私どもは光速を超えることが

できなくなってしまっています。

スタートレック大好きオッさんとしては

誠に残念ではございます。

 

部門を変えまして

音楽界では

「天才」の名を欲しいままにしている

モーッアルトさん。

 

確かに彼の作った楽曲は

好き嫌いは別として

あまり「難産の末」との印象は

私は持ちません。

すべからく

「溢れ出るものを譜面に残した」

との印象が強い。

 

彼もまた没は確か35歳でしたか。

その短い生涯において

さほどその「見返り」があったとは

聞き及んでいません。

 

それでも溢れるものがあったのでしょう。

惜しげも無く

パッパカパッパカ発表してしまう。

 

例を挙げますとキリがありませんが

では、その脳みそがレギュラーだったら

その人生は凡庸となるのか。

 

みんながみんな天才だったら

現在の地球の秩序は保てないので

ありましょうし

「幸せ」の定義も

一方方向になるのでありましょう。

 

ごく凡庸な脳みそを持つ私としては

至極残念な結果を導かざるを得ない。

 

これは脳の部位によるものが大きい様で

しかし

面白いことに

「記憶」が格納されている部位は

バラバラらしい。

天才的なヒラメキが行われる部位は

遺伝か突然変異か知りませんが

選ばれし者にしか

天は与えてくれぬ様ですが

経験を格納している部位は

遍くみな様に与えられている。

 

てことは

これを丹念に汲み取りながら

考えを地味にまとめて行く作業は

凡人の私にもできそうであります。

 

実際

「作家」と言われる方達

「哲学者」と言われる人たち。

みなさん結構なお年まで活躍されています。

 

では何がそうさせるのか。

それは日々の「思考」と結論します。

 

そりゃ

「文壇、学会に名を残す功績を」

なんて大逸れた考えは毛頭ありません。

 

しかし過去の感傷にひたりながら

残りの人生を送るなんて

悔しいではありませんか。

 

「一歩でも前に」

そう念じつつ余り残りのない人間生活を

楽しみたいものではあります。

 

例えそれが自己満足であったとしても。

 

脳みその話を書きたかったのですが

字数が増えてしまいますので

今日はこの辺で。

 

アイキャッチ Gentsideさんのものです。

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