布袋さんのギター良いですね。アダム スミス迄。

昨日はショパンのアンダンテスピアナートの

グランドポロナーゼと

BOOWYのN.Newyorkが

交互に頭の中を駆け巡った妙な1日でした。

ショパンのその曲は大好きで

どれくらい好きかと言えば

子供がピアノを習っている頃、

将来子供の演奏で家でこの曲を聴くのが夢でした。

中学に上がりすぐに親元を離れ

ピアノもやめましたから、

それは叶わぬ夢となりました。

BOOWYは当時和製ロックにはない

メロディアスで結構重たい演奏と

特にギターの布袋さんの動きが面白かった。

よく音とマッチしていた様に感じました。

ブルースを基調とした今までのギタリストとは違う。

かと言ってスティーブ バイの様な

言わば「現代音楽」とも違う。

独特に感じました。

妙な縁で義妹と高校の同級生であった事がわかり

余計に親近感を持ったのです。

ちょっと似合わない(失礼)ミッション系の学校ですが

彼は高校三年の時、突如退学したのだそうです。

彼女が「布袋くん」と呼んでいるのを聞くと

私まで知り合いの様な錯覚を覚えるから不思議です。

さて

先日「読書」について書きましたが

読書自体、

これはせねばならない事は論を待たないところです。

ですが、本に書いてある事が全て正しい、

「正解」かと言うと

残念ながらそれは錯覚です。

当然ですが「本」の著者の主観ですから。

「論文」も同様です。

現在権威ある英国の学術雑誌Natureに

過去掲載された論文の中にも

「定説」とはなったが、

事実とは違うものが多数あります。

自然科学の分野では

仮設→実験→検証

と進んで行くのが定石でしたが

ところが実験の段階で

測定に使用する機器の精度が上がり

検証の段階で以前とは丸で違う結果が出る。

当然今まで当たり前と言われていた事柄が

否定される事がとても多くなっています。

目の前の事象をどう検証し

それを仮設とし更に実験を繰り返す。

実験→検証→仮設

の繰り返しの時代になって行く様な気がします。

それ自身は「華やかさ」を持っていませんから

広く衆目を集める事はありませんが

確実に以前の科学分野の常識が

覆されているものが増えているのは確かです。

それは科学だけではないのです。

経済活動は停滞させる事など許されませんが

その基盤たる

普遍的な理論がもはや現実との乖離を始めた事実を

認めなければいけない状況になりつつあります。

「富」の概念が変わりつつあるのです。

リーマンの前にサブプライムがありましたが

お粗末なデリバティブに

「富」の概念は似つかわしくありません。

先日「欲」について少し書きましたが

「欲」と「富」の関係を人間は

もう一度考え直さねばいけない時代に入っているのです。

「欲」→「富」

この単純にして断ちがたい構図を

変えて行く遠大な道を歩き出さねばいけない。

「欲」の矛先を何に持って行くのか。

人類は数度の「革命」と言われるものを経験しました。

現在もそう言われています。

ITを主役とした「情報革命」です。

当然ですが一分野だけ進んで良い筈はありません。

連動してあらゆる分野が

以前とは明らかに違った動きを始めます。

古典ではありましたが「普遍」と言われていた

アダム スミスも当然通用しなくなるのは自明です。

これは私の「主観」ですがw

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です