自分の可能性を伸ばすのは義務である。

人は一生涯自分の可能性を信じ

それを伸ばして行く義務があります。

「一生涯とは大袈裟な」

とお思いのあなた。

あなたの可能性は

決して一種類ではない事を理解すべきです。

その可能性を狭く、また閉じているのは

あなた自身なのです。

自分の可能性は信じなければいけない事は

昨日書きました。

その先にあるもの。

その可能性を「伸ばす」作業は

一生涯続きます。

何故ならば

可能性を信じる事によって

「出来た」事があるからです。

その出来た事を

「更に伸ばして行こう」

「もうちょっとこれは良くならないか」

と人間は自然に考えます。

これが人から言われてやる事と

自ら欲してやる事の違いですね。

そりゃお勤めの方にもいらっしゃいます。

しかし、自ら始めた事であるならば

力の入れ様が全然違います。

貪欲になるのです。

そうなったらしめたもの。

と言いますか

そうなるのです。

人間の欲求と言いますか

一つの事に結果なり

程度にもよりますがそこそこの満足を得ますと

次にどうしても取り掛かりたくなります。

そこで自分の可能性を試してみたくなるのです。

「可能性」と書きましたが

違う「事」と言い換えても良いでしょう。

そうなると方法論は体験として会得していますから

違う場面でも自分なりの方法論が自然発生して来るのです。

その為にも始めに取り掛かった事は

当然として自分がある程度納得する結果を

出しておかなければなりません。

出なかったとすれば

それはあなたの「はまり方」が足らなかったのです。

もしくは、それ程やりたかった事では

なかったのかも知れません。

これでお分かりかと思いますが

一つの事を「成す」と

次にしたい事が自然発生して来ます。

そうなると

当然次にやりたい事の為に

準備。

勉強と言いますか

考え始めるのですね。

始めの一つを考えた時の様に。

結果として

それは生物として動きがとれる間

もしくは人間として「まとも」に頭の働く間は

際限なく続く事となるのです。

ですから

「一生涯」

であり結果として自分では意識しない

「義務」

と必然的になってしまうのですね。

これもまた私自身を「鼓舞」する為に

書いた色合い濃厚ですなw

「頑張れ!俺」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です